ヴィクトルがいてスケートができたらそれだけで Side V

いつも勇利と一緒にいるから、マリと2人で話すタイミングは今しかないかもしれないと俺はマリに話しかけた。
「ねぇ、マリ」
「なに」
少し面倒くさそうにこっちを向いた。それでもきちんと話を聞こうとしてくれるのは優しいよね。
「勇利の誕生日に何あげたらいいと思う?日本は周りから祝われるのが一般的だと聞いたんだ。だからプレゼント何が喜ぶかなって」
「あんたの雑誌とか?」
なるほど、俺の雑誌かぁ。でもそれで喜んでくれるのだろうか?
そう俺の考えが見えたのか、マリは少し笑って言った。
「勇利の喜ぶことなんて、ヴィクトルあんたが一緒にスケートしてればいいだけだと思うけど?」
「嬉しいな。でもいつも一緒に滑っているから驚きはないか…」
「サプライズに拘るのね」
少々呆れたような顔をされた。
そうかな?確かにサプライズがなくても、勇利は喜んでくれるだろう。しかし、先日の中国大会のように、今度は俺が勇利を驚かせたい。
「………勇利は多分…」
う〜んと悩んでいた俺はボソッとマリが呟いたことに気がつかなかった。

***

「勇利」
「…何、ヴィクトル」
ウォーミングアップをしている勇利は早く氷上で滑りたいという顔をしていた。本当に勇利は氷の上が好きなんだなと改めて感じる。
「明日はオフだからね」
「……」
「そんな顔してもダメだよ。大会が近いからと休息を疎かにすることはコーチとしては認められない」
「…わかってるよ」
そうは言っても勇利は少し不満気な様子だ。勇利自身スタミナがあるからと休憩すらも滑っていたりと疎かにしがちなのだ。自分自身への自信はあまりないが、体力に関してだけは自信があるというのが勇利らしいといえばいいのか…。勇利の困った時や甘える時に見せるこのへにょんとした顔がとても好きだな、俺。勇利の言う通りにしてしまうそうになるが、明日は勇利の誕生日だ。
「勇利、明日は何も用事入れないでね」
「用事?特にないけど…何かあった?」
僕何か忘れてたかなっと表情に出ていた勇利にふっと笑ってしまいそうになる。
「特に何もないけど、用事は入れないで。いいね?」
「うん、わかった」
こくんと首を縦に振る勇利はかわいい、食べ…ゴホン。
「じゃあ、少し滑りながら昨日の続きから」
「はい!」

今日の勇利はいい調子みたいだ。おかげでフリップ何万回跳んだかな?
「ほんと、勇利は体力あるね…」
「ヴィクトルもあるでしょ?」
「勇利ほどじゃないよ…」
中国大会で四回転フリップを決めたからといって、試合で飛べるほどの成功率ではない。それは勇利も分かっている。だから最近はフリップの練習も多めにしている。もちろん、他も疎かにしない配分でね。
「ふー…勇利、そろそろ終わりの時間だ。水分補給」
「うん」
「…勇利、汗」
「ん」
勇利のタオルを手に取り、額などの汗を拭う。最初は汗1つ拭うのにもわたわたと慌てていた勇利も、今は俺が拭おうとすると自然と寄ってきて甘えるように任せてくれるようになった。ふふ、かわいいなぁ。
「ヴィクトル?」
「ん?どうした?」
「え、いや…じーっとこっち見てるからどうしたのかなって」
「ああ、勇利はかわいいなと思って」
「かわいいって…男に言う言葉じゃなくない?いや、うん…ヴィクトルに言われるの嫌いじゃないけど…」
最後少し顔を赤くさせ目をそらしながら勇利は小声で言った。食べていいかな。
「ねぇ、勇利」
「何?…ひえっ」
「今日、一緒に寝たい」
「え、う…え?……」
「ダメ?」
勇利に後ろから抱きつき、そして耳元で囁いて勇利にもう一押しする。勇利は混乱しているのかどうしようという顔をしているようだ。
「………」
「勇利〜…」
「う…い、いいよ」
「ふふ、ありがとう。夜楽しみだなー」
「もうっ、ヴィクトル強引なんだから!ちゃんと服着てよ」
「うんうん、分かってるよ」
拗ねたような勇利も満更ではない様子だ。
ロシア大会が終わってから、時々一緒に寝るようになったが、恥ずかしいのか勇利は素直に頷いてくれないので少し寂しいな。今のところ、3日に1回一緒に寝てくれる。勇利としてはがんばってくれている方だと思うが、毎日一緒に寝たいなぁ。居間で昼寝の時は一緒に寝てくれるのにね。
「ふふ、そろそろ帰らないとね」
「もう少し練習したいんだけどな」
「ダメだよ、勇利。この前も俺が目を離した隙にランニング行ってただろう」
「うっ…だって」
「勇利」
「……分かってる」
あのへにょんとした顔をする勇利に思わず失笑してしまう。
「そんなに笑うことないだろ」
「拗ねた?ごめんね、勇利」
「もー…」
勇利といると本当に楽しい。
勇利の誕生日を過ぎるともうすぐグランプリファイナルだ。俺は、勇利と一緒に…。

***

「ここはやっぱりもう1拍置いた方がきれいかな」
「んー…そうだね、そっちの方が流れとしてはいいね。明後日またこの部分滑ってみようか」
「はい」
ロシア大会が終わり、日本へ帰ってきた勇利と俺はお互い離れがたく、たった数日しか離れていなかったのに途切れることなく、マッカチンも交えながらこうして一緒に話をした。この時は勇利も同じ気持ちだったのか、何も言うことなく自然と一緒に俺のベッドへ入ってくれた。
「あれ、もうこんな時間」
「…そうだね、話し込んでいたら時間過ぎるのは早いね」
23時53分。もう少し。しかし、勇利は自分の誕生日を忘れていそうな様子だ。まぁマリも「いつも大体大会が近かったり真っ最中だから勇利も自分の誕生日だって頭になくて忘れてることも多い」って言ってたし。
「…う〜ん」
「やっぱり今日やったところが気になる?」
「うん、今日はまだ調子よかったけどステップがちょっと気になる、かな…」
「じゃあそこも明後日滑ろうか」
「はい」
「………」
「ヴィクトル?」
「誕生日おめでとう、勇利」
「えっ……あ、今日か」
やっぱり勇利は忘れていたらしい。ここ最近練習も気合が入っているからそこまで気にしてなかったのだろう。
「勇利のこと、一番に祝えてうれしい」
「こっちこそ、ヴィクトルありがとう」
ああ、勇利。
「………」
「んっ……ヴィクトル?」
勇利がかわいいものだからつい、軽くキスをしてしまった。幸い勇利は怒っているわけではなさそうだ。きょとんとしている。
「勇利、はいプレゼント」
「ん…プレゼントも用意してくれたんだ?ありがとう」
ほんのり頬を赤く染めてうれしそうな顔をした勇利。ああ、勇利かわいい。
「……リクエスト券?」
「今日一日何でも勇利の言うことをきくよ。滑ってほしいってリクエストでもいいし、一緒に何か食べたいだとか」
「…いいの?」
「ああ」
「え、えっと、それじゃあ…」
「わお、早速何かあるのかい?」
勇利は目を輝かせて少し考えるそぶりを見せた。
「…あのさ」
「うん?」
「……ファイナルまで、毎日一緒に寝て、くれませんか?」
「………」
「ダメ、かな?」
「…いや、こちらこそお願いしたかったことだ」
「ほんと?よかったぁ…前から言いたかったんだけどタイミングがつかめなくて」
安心したような顔で笑う勇利にぐっとくるものがあった。やはり恥ずかしがっていたから素直に頷いてくれなかったらしい。
「…ヴィクトルあったかいね…」
「人の体温は安心すると言うからね…そろそろ寝ようか」
「うん…」
「おやすみ、勇利」
「おやすみ…」
眠そうな勇利に寝るのを促す。
俺は、ただ勇利の言葉を表面上でしか受け取っていなかったのだと思い知るのはファイナルのあの夜だった。

「あ、ヴィクトル」
「ん?何か思いついたのか?
「…一緒にカツ丼食べたいんだけど、今日だけ特別許可もらえませんか?その分明日がんばるから」
「本当はダメ…と言いたいところだが、いいよ。今日だけ特別」
「やった!…板前さんに言ってくるね!」
ふふ、あれだけ嬉しそうな顔をした勇利を見るのは本当にうれしいな。しばらくして勇利は戻ってきた。
「夜にカツ丼頼んできた。楽しみだな〜」
「うんうん、勇利と一緒にカツ丼食べるの俺も楽しみだよ」
「うん!」
「他は何かある?俺にしてほしいこととか」
「う〜ん…」
あるけど言っていいのか分からないというように見えるね…もしかして?
「…リクエストあれば滑るよ?衣装はこっちにある分なら着るし」
「えっ、ほんと!?…じゃあ滑ってもらいたいプロがあって…」
「OK、準備しようか」
「うん」
俺が準備している間に勇利にはアイスキャッスルに電話してもらってリンクが使えるか確認してもらっている。
どれを滑ってもらおうかと悩んでいた勇利を見ていたら、本当に俺の事好きなんだと改めて思ったよ。もちろん、勇利としては憧れという意味で好きなんだろうが、どういう意味で俺のことが好きなのか勇利の気持ちは分からない。

「「ふぁあ〜…」」
「…勇利はともかく優子」
「だって!だってあの名プロの衣装着てるヴィクトルだよ!?ね、勇利くん!」
「うん…もう、もうやばか〜…」
「あはは、2人ともそういうところ似てるね」
勇利とユウコの今の顔がとてもよく似ている。少し照れくさいね。
「…はぁ…ほら優子」
「うん…じゃあ私たちは出てるからね」
「ありがとう、2人とも」
2人がリンクから出ていき、勇利と2人きりになる。
「勇利、今から滑るけど写真は撮らなくてもいいのかい?」
「大丈夫…目に焼き付けとくから」
「そうかい?…じゃあ」
「うん…」

「は、はぁ…」
「………」
「ふー……勇利?」
「あの名プロ、目の前で見れるなんて…」
「ははっ、お気に召していただけたかい?」
「はい…」
俺を見て目が輝かせている勇利は、今自分も滑りたいという気持ちもあるようだ。そんな顔して、俺も一緒に滑りたいのは山々だが、今日は誕生日とはいえオフだからダメだよ。
「ふふ、勇利大丈夫かい」
「うん、大丈夫…。ふぁ〜…」
「勇利、この後はどうする?」
「う〜ん…昼寝したい、かな。ヴィクトルもオフなのに滑ってくれて疲れてるだろうし…」
「俺の心配してくれてありがとう。そうだね、じゃあ帰って昼寝だね?」
「うん」
勇利と一緒に片付けを済ませ、ユウコとタケシにお礼を言ってのんびりと帰る。
ほとんどの時間を勇利と一緒に過ごすのに、話をし出すと会話が途切れることがない。不思議なものだなと思う。
ねぇ勇利、グランプリファイナルが終わってもニニンサンキャクでやっていこうね。

「あ、真利姉ちゃんがね」
「マリ?」
「うん、ミナコ先生は来るだろうなって思ってたんだけど」
「ん?もしかしてファイナルのこと?」
「うん、真利姉ちゃんも行くって今日聞いて…珍しいなと思って」
勇利曰く、自分がスケートばかりでゆ〜とぴあかつきのことをマリに任せきりにしている。だから大会に来てくれることなんてノービスの頃ぐらいでジュニアに上がる頃からはなくなっていたらしい。勇利のその表情から、マリに罪悪感というのか申し訳ない気持ちがあるのだろう。以前、ミナコに話を聞きに行っていた時にそれらしいことをミナコも言っていた。
「でも、勇利は嬉しくないの?」
「ううん、久しぶりに真利姉ちゃんに見てもらうから金メダル取らないと」
「うん、その意気だよ勇利。…それじゃあ、昼寝する前に温泉入らない?」
「あ、うん。入ろっか」

***

「はぁ〜…カツ丼…」
「勇利おいしい?」
「うん、おいしい…」
「ファイナルで金メダル取ったらまた一緒に食べようね」
「…うん」
自分のカツ丼を見ながら顔を上げたから、その時勇利が一瞬どんな顔をしたのか俺は見ていなかった。

一口一口大事に食べながら頬を緩ませていた勇利も、食べ終わると満足気な顔をしていた。嬉しそうな勇利の顔見るだけで俺も嬉しい。
「寝るまでまだ時間あるけどどうする?」
「んーいつも通りしゃべったりとかいろいろ…でもいいかな?」
「いいよ、勇利は何の話がしたい?」
「えっとね…―」

「…あのステップの後のスピン、僕もその時優ちゃんと滑ったりしてたんだ」
「ユウコと一緒に俺の完コピとかしてたんだってね?ミナコが言ってたよ」
「完コピなんてとんでもない!でも楽しかったな〜」
話しながら2階へ上がり、俺の部屋へ入りベッドに腰掛ける。今日から毎日一緒に寝るんだからね。
「―それでその時ピチットくんがね…ヴィクトル?」
「…勇利」
「…んっ!」
「…ふふ、それで?」
「…えっあっ…うん、ピチットくんが―」

「うんうん、そういうことは俺もあったよ」
「やっぱりヴィクトルも?そうだよね、僕も初めて行く会場は勝手がわからなくて慌てちゃうんだよね」
「そうそう」
「よかった、僕だけじゃなくて…。あ、もう10時半か」
「そうだね…そろそろ寝ないといけないね」
明日からはまたファイナルまで練習の日々だ。就寝した方がいい時間だ。
「うん…。ヴィクトル今日はありがとう、いろいろ話聞いてくれて」
「リラックスできた?リクエスト券なんてものでいいのか俺も随分悩んだよ」
「今日一日楽しかった!あの名プロも見れたし…」
「カツ丼も食べれたし?」
「うん!」
「よかった。…明日からまたがんばろう」
「はい、お願いします」
「それじゃ、おやすみ、勇利」
「おやすみ、ヴィクトル」

勇利が誕生日を楽しんで喜んでくれてよかった。そう思っていた俺は、後にこの1日だけでも何気なしに鏤められていたのだと気づくのだった。

Side Y

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