夢と希望


「…あ、シンドバッドさんからメールだ」

アラジンと別れて家に帰った俺は勉強しながらシンドバッドさんからのメールを待っていた。

―今から帰るよ。ジャーファルが気を利かせてくれて思ったより早く帰れる

「ふふ、シンドバッドさんってジャーファルさんには弱いんだなー」

もうすぐシンドバッドさんが帰ってくるから外食行く準備しないと…。
そう思って立ち上がった時だった。
いきなり頭痛がし、その場に座り込んでしまった。



『…アリババくん、本当は君のこと好きじゃなかったよ』
『……シンド、バッド…さん…?』
『…君が俺に恋愛感情を抱いているのを利用したのさ』
『……』
『俺は…君が思っているほど優しくないんだよ』

“俺”はどこかで分かっていたのかもしれない、こうなることを。
“シンドバッドさん”は”俺”に無表情とも言える顔を向けそう言い放った。



「あ…」

―思い、出した…

俺は…バルバッド王国第三王子アリババ・サルージャだった。
所謂前世とも言える記憶。
そう、今まで見ていた不思議な夢は前世の記憶だったのだ。

アル・サーメンとの戦いも終盤だったあの時。
たまたまシンドバッドさんと2人きりになって言われたのだ。
その後シンドバッドさんはどこかへ行き、俺はアラジン達が探しにくるまで呆然としていた。

悲しい、とは思わなかった。
いつかそうなることが分かっていたから。
ただ、シンドバッドさんがどういう思いで俺の”恋人役”なんてしていたのか、最後まで知ることができなかった。
アル・サーメンとの戦いの最中でそんなこと言っている場合ではなかったし、シンドバッドさんはいつも通り俺に接してきたから聞くに聞けなかった。


気が付いたら、泣いていた。
思い出してしまった。
どうしよう、このままシンドバッドさんに会ったら…

「…アリババくん!?」
「あ…シンドバッド、さん…」
「どうかしたのかい?どこか痛いのか?」
「あ、い、いえ…」

シンドバッドさんが帰ってきたことに気が付かなかった。
止まれって思っても涙は止まらない。

「…アリババくん、もしかして思い出したのかい…?」
「…え?」

シンドバッドさんを見ると、戸惑ったような複雑そうな顔をしていた。

「…思い、出したって…」
「…前世の記憶、だよ」
「……シンドバッドさんは、とっくに思い出してたんですね…」
時々シンドバッドさんが俺を見て悲しそうな複雑な顔をしていたのは、思い出していたから―。
今なら聞けるだろうか…。

「ごめん、アリババくん」
「ひとつ、聞いていいですか…?」
「…なんだい?」

「あの時、『好きじゃなかった』と言った意味は何だったんですか…?」

「…っ!」

なんか気が抜けたというか諦めがあったのか、冷静になったような気がする。
俺は下を向きながらシンドバッドさんにそう問いかけた。
自分でも何聞いてるんだろって思う。
でも、真意を知らなければこの先後悔する。

「…俺、なんとなく分かってました。でも自分からは何も言えなくて。恋人役として接している内に、シンドバッドさんの気持ちが分からなくなりました。だから、あの時あなたの本当の気持ちが知りたかった…」
「アリババくん…」
「シンドバッドさんの本当の気持ちが知りたいんです。もう、あの時のように誤魔化されたりしません」

俺はあの時呆然としながら思っていたことを、シンドバッドさんを見ながら言った。
しばらくお互い見つめ合いながら沈黙し、シンドバッドさんがゆっくりと俺を抱きしめた。

「…最初は、本当に君を利用しようとして好きだと言ったんだ。だけど、君と接する内にいつしか本当に君の事を愛してしまった。利用しようとしたずるい自分が許せなくて、自分を見失いかけた。だから、あの時君にああ言ったんだ。罪悪感はあったが、その後普通に接すれば君は聞くに聞けないだろうと踏んで…。ずるい自分が許せなかったのに、ずるい方法で君から逃げたんだ」
「…シンドバッドさん…」
「こんな俺を許さないでくれ…!早く君に思い出してほしかった。早く君に断罪してほしかった。だけど本当に、君を愛しているんだ…!」

そう言いながらぎゅっときつく抱きしめられた。
前世ではうやむやのままだったけど…。

「…シンドバッドさん、俺、あなたのことが好きです」
「…アリババくん…?」

シンドバッドさんは少し離れて戸惑った顔をして俺を見た。
きっと今の俺は泣きながら笑っていることだろう。

「…俺、シンドバッドさんが好きな気持ちは変わりません。あの時はああなってしまったけど、今は…この気持ちを受け取って、もらえますか…?」
「…っ!…ああ、好きだよ、アリババくん」

そう言ってシンドバッドさんも泣きながら俺をさっきみたいに抱きしめた。




◇◇◇◇




「…へへ」
「…アリババくん?」
「あの時は無理だと思ってたのに、今あなたに受け取ってもらえてうれしいんです…。確かに居場所がなかった俺を引き取ってもらっているのにって思ってます。でも、もうあんなことになりたくない…。俺の方こそずるいんですよ」
「…え?」
「…だって、ああ言えば罪悪感のあるシンドバッドさんは断れないって思ったから…」
「……俺だって君に愛しているって言えば嫌とは言えないんじゃないかって考えてたよ…」
「へへ…一緒ですね」
「ああ、一緒だね」

俺とシンドバッドさんはくすくす笑いながらそのまま抱きしめ合っていた。
お互い泣いて少し目が腫れた感じになっているけど、なんだか心地いい。

「…これじゃ、外食行けないね…」
「また今度、行きましょう」
「そうだね、今は君といたい」
「…」

俺はてっきり今日はご飯作るかという話になるかと思ったのに、優しげな顔でそう言われると恥ずかしい…。

「ふふ、顔真っ赤だよ」
「…ふん」

プイッと拗ねたように横向くとシンドバッドさんの手が頬に沿うように当てられた。

「アリババくん」
「なんですか、シンドバッドさっ…!」

拗ねながらもシンドバッドさんの方を向くと、キスをされた。

「…っん…!…んん…」

唇が離れて少し息を整えていると、グー…と、俺のお腹が鳴った。
空気読めよ、俺のお腹…!っと思った。

「…ふふふ、そうだね。お腹空いたしご飯作ろうか」
「………はい」


思い出してそんな時間が経っていないのにこんなに穏やかな気持ちでいられるのは、シンドバッドさんとのあの時のわだかまりが昇華されたからかな…?
いきなりで戸惑いもあるけど、少しずつ先へ進んでいければいいな―



END