あまりにも天真爛漫で強引ではないかと、カナミに初めて出会って思ったことを覚えている。同時に、エルダー・テイルだからこそ結構な無茶であっても許されるところもあるが、リアルだと周りはかなり振り回されているのだろう、とも心の中でひそかに誰とも知らぬ人に同情した。


<放蕩者の茶会>。
ヤマトサーバーで大手戦闘ギルドの先をも行くプレイヤー集団。茶会の参加人数はたった27人でありながら、ヤマトサーバーの攻略ランキングは4位。傍から見たらどんな集団だと言われるような、そんな個性豊かな人たちが集まる集団であった。
僕が<放蕩者の茶会>メンバーとして参加したきっかけは、アイテム採取のためにフィールドに出ていた時だった。



「ねぇ君、この辺りで<翡翠鉱石>があるって聞いたのだけど知らない?」
「…へ、僕?」
「そう、君だよ…シロエくん」

攻略サイトを見ながらアイテム採取と採取確率について考えている時に話しかけてきたのがカナミたち。当時はKRや直継、カズ彦など数人のパーティだった。

「えっと<翡翠鉱石>ならもうちょっと西側のゾーンにありますよ」
「西側のゾーンかー……うん、シロエくん案内してもらっていいかな」
「…案内?」

そう聞いて、いい思いをしないということを嫌というほど知っている。だってみんな便利屋扱いして、教えてくれと言いつついいように使うのだ。僕が知らなければ、じゃあいいやって。だから、この頃には案内してと言われてもいつも何かしら理由をつけて断るようにしていた。

そっとカナミと同じパーティメンバーの会話に耳を傾けると何やら僕が案内する方向で決まったかのような会話が聞こえてくる。断り切れないまま「採取している所すまないが付き合ってくれないか」と言われ、しかたなく案内することになった。

当時ギルドでのことで少し人間不信になっていた僕はずっとソロプレイで、極力知らない人と関わるのを避けていた。もちろん親しい知り合いには情報交換や話をすることはあるが、大丈夫だと自分で思う人しか関わろうとしなかった。
今思えば、しかたなくでもはっきり断らずに案内しようとしたのは、普通のパーティではないとどことなく感じていたからもしれない。


僕は自分の攻略サイトで西側ゾーンの情報をさっと見てカナミたちの目的のアイテムがちゃんとあることを確かめる。覚えていても覚え間違いがある可能性もあるため、時間があれば見るようにしている。
よそよそしくもメンバーと少し会話していると、秧鶏がふと気づいたように話しかけてきた。

「あなたは、あのシロエか?」
「あのって?」

カナミが聞き返すのを見ると知らないようだ。カズ彦やKRはそうなのか?と聞いてくる。

「あの、が何かは分からないですけど、多分僕なんでしょうね」

ああ、知らないのであればこのまま案内してサヨナラで済んだのに…また、便利屋のように扱われるんだろうか。パソコンの前でマイクに拾われない程度にそっと溜息をつく。

「あーあれだろ、前衛がめっちゃ戦いやすい戦術使うっていうあの後衛さん祭り?」
「…祭り?」
「直継のあれはいつものことだから気にしないでくれ。…そうか、一度会ってみたかったんだ」
「まぁ、聞いたところによるといろいろ振り回されてたらしいな」
「ほうほう、それは気の毒だね〜…」

みんなKRの言葉を聞いて少し同情するような雰囲気が伝わってきた。そんな中、カナミは違った。

「へ〜シロエくんってすごいんだね!よかったら案内だけじゃなくて戦闘の指示とかもお願いしていい?」
「えっと」
「うん、決まりだね!楽しみにしてるね〜」

カナミは僕の了解を聞かずに、カナミの中では噂の戦術が見れるということになったらしい。カナミをそこまで憎めなかったのは便利屋扱いせず、楽しみにしていると言った人柄故か…。
この時のカナミの態度のせいか、みんなからの同情がカナミのことに関してに変化したのは言うまでもない。


そうやって、僕が思っていたよりも少し楽しく会話しながら今までいた東側から西側ゾーンへ移動すると、そこにはこのゾーンでは強い方のモンスターがいた。

「お!さっそく戦闘戦闘〜。シロエくんよろしくねー!」
「…はい」
「お手並み拝見、だな」

まだモンスターには気づかれていない。特に初めて連携する場合は確認しておかないと体制が崩れやすいから、戦闘に入る前にまずフォーメーションの確認をしよう。
そう言おうとしたのだが、もうすでにカナミはモンスターに突っ込んでいっていた。え、なんで?と僕が固まってると、カズ彦は「カナミがすまんな…」と言って、僕はしかたなく溜息をつながらカナミに向かって言った。

「カナミさん!何で突っ込むんですか…!」
「大丈夫!」

何が大丈夫なのか。カナミはそう言ってキャラクターを後ろに下げることなく技を出す。無茶かもしれないが、後衛を信じているからこそ無茶ができるのだろう。だが、今日が初対面の僕が指示を出すのに大丈夫なんだろうか…。

「カナミなら大丈夫ですよ」
「…はぁ…沙姫さん、サポートと回復を」
「OKです!」

僕が少し戸惑っているのを知ってか、沙姫は対して大丈夫だと言った。他のメンバーの様子からすると、結構あることなのかな…と思いつつ指示を出していく。そこまでモンスターのレベルは高くないが、油断すると全滅寸前までいってしまう可能性もある差ではあるのだ。用心するに越したことはない。

カナミが突っ込んでいる間、直継は<クロス・スラッシュ>や<オーラセイバー>を使ってカナミが捌ききれなかったモンスターを倒していく。途中で<アストラルバインド>などを使って援護し、遠方のモンスターを倒すように指示を出したカズ彦たちへも<キーンエッジ>、<リフレックスブースト>などで支援する。
今回は一番強いモンスターと周りのモンスターをカナミ・直継・沙姫、遠方のモンスターをカズ彦・秧鶏・KRで分け、僕はその2つを同時支援するという体制を取った。

しかしカナミがどんどん突っ込むせいか、体制が崩れやすいように感じたため、ほぼ倒し終わっているカズ彦の支援を一旦止め、カナミたちの援護をしようとしたが、その前にカナミと直継の体制が崩れ、モンスターが後衛の方へ向ってくる。
すかさず指示を出そうとしたが、思いの外後衛との距離が近かったために少しダメージを受けてしまう。モンスターを倒し終わってカズ彦と秧鶏、KRが僕たちの援護に向かおうとしていたとき、すばやく立ち直ったカナミがHP2割きっている中モンスターに突っ込んだ。

「カナミ!」
「ここでシロエくんやられちゃったら例の戦術全部見れないでしょ!」
「さすがカナミ。こういう時は頼りになる祭り」
「こういう時だけな」

直継は笑いながらポーションを飲み前衛へ復帰した。カズ彦も後衛の援護をしながら周りのモンスターを倒していく。沙姫はカナミを回復させつつ、僕の指示通り前衛のサポートに努めてくれた。一番レベルの高いモンスターだけになってからは、<ソーンバインドホステージ>などを使いつつ前衛に総攻撃をしかけるよう指示を出す。

「カナミ、止めを!」
「よーし、これで終わりだよ〜!」

カナミが<ラウンドウィンドミル>を使用するとモンスターは倒れ、周りにドロップアイテムが散らばる。そのアイテムをちらっと見るとちゃんと<翡翠鉱石>があった。

「…終わりましたね」
「終わったー!」
「カナミ何キャラ動かしまくってんだ?」
「直継くんったら、決まってるでしょ!うれしいってことを表現してるのよ!」
「なるほど!」
「お〜い、おまえら子どもか」
「カナミ落ち着いたら?」
「ちゃんと<翡翠鉱石>はあったのか?」
「うん、あったあった!」

そんなパーティを見ながらひそかに溜息をつく。知らぬメンバーで連携も取りづらい部分もあったし途中で体制が崩れたこともありいつものような管制戦闘はできなかったが、何故か気持ちのいい終わりだった。ただ、カナミの天真爛漫ぶりにかなり溜息をついたのは気にしないことにする。

「よし、シロエくんは…シロくんで!」
「…カナミがそう言うならいいんじゃないか」
「そうだな。シロエはおしい祭り!」
「巻き込まれ決定だな…」
「わーどんまい!」

立ち去ろうと別れの言葉を言おうとしていたとき、カナミたちは好き勝手にそう言って僕に向き合ったような感じがした。

「シロくん、私たちと一緒に行こう!」
「え?」

カナミを見ると、カナミは朝焼けを背景に僕の方へ向いていた。
しばらくして言葉の意味を理解した後に「はい」と返事をした。その返事にカナミは「これからよろしく!」と言った。その後の「あ、これからは戦闘の時みたいにカナミでいいからね」という言葉で、僕はいつの間にか呼び捨てで呼んでいたことに気がついた。

そうして、僕は後に<放蕩者の茶会>と名を馳せる集団に参加することとなった。
同時に、カナミへの長い淡い初恋の始まりだったのは後で気がついたことだ。



<放蕩者の茶会>があったからこそいろんな思い出ができた。ギルド嫌いはあまり直らなかったけど、いいものをたくさん得て成長した。直継と親しい友人になれたし、カナミの突拍子もない提案をなるべくがんばって叶えようとした。KRたちからはカナミに絡まれていつも大変だな〜と言われたりもしたけど。
何だかんだ言いつつ楽しく活動していた2年間もカナミが海外への転勤でゲームを引退するということで終わってしまった。最初は、咄嗟に何も言えなくて直継に大丈夫かと心配されたけど、その後ショックだとか哀しいだとかよりも思わず失笑してしまった。

「…カナミ、がんばってね」
「うん、ありがとう!シロくんもがんばってね」

この時に失恋しちゃったなって思ったけどそこまでショックではなくて、穏やかな気持ちだった。カナミを応援したいっていう気持ちがあったからかもしれない。

僕はカナミからもらったいろんなものをずっと、忘れない