別れ


それはいつも通り突然だった。

「ねぇシロくん、今から映画見に行こ!今やってる『Deep Drop』ってやつ!」
「え、いきなり何?」
「映画見たくなっちゃったんだよー!ね、行こ?」
「…ええと、授業が…」
「シロくん明日は授業なかったよね?」
「うっ…」
「朝に映画見に行くってことでよろしくねー!」

カナミの我儘には何回も付き合わされているとはいえもう諦めるしかないらしい。
しかも今は2人しかいないため、突っ込んだり止めてくれるメンバーもいない。
というか僕とカナミだけで行くのか…。


***


朝、僕とカナミは駅近くで待ち合わせたのだが…。

「おっはよー、シロくん!」
「…おはよう、カナミ…」

いつもオフ会などで見るちょっと活発的な服装ではなく、女性らしいワンピース姿のカナミでちょっとドキッとしたのは内緒だ。
だが、これはカナミの我儘に付き合ってるだけなので気にしないことにした。

「…で?映画見るの?」
「映画見て昼ご飯食べるってことで!」
「あーうん」

映画館は平日だから人は少なかった。そういえば、カナミは仕事大丈夫なのかと尋ねると「今日は休日だから大丈夫!」とのこと。
曰く「せっかくの休日をエルダー・テイルするだけじゃもったいないから」だそうだ。なんともカナミらしい理由で少し笑ってしまった。

そんな話をしながら直継たちも誘えばよかったかなって言ったら、カナミは―

「私が誘ったのはシロくんだからいいんだよ」
「…そう?」

いつもと違う雰囲気のカナミにちょっと違和感をもちながら劇場の中へ入る。


***


「あー面白かった!」
「確かに思ったより面白かった」

僕としてはあまり面白くなさそうだと思っていたが、案外面白く見てよかったかな。
カナミもずっと真剣に映画を見ていたみたいだし。

「シロくん、もうお昼だしご飯食べに行こ」
「うん」

カナミがおすすめだと言うカフェに行くことになった。なんでも映画見た後にいつもこのカフェに行くんだとか。
そういうところは女性らしいなーと思いつつ、カフェでランチを頼む。

「ちなみにカナミのおすすめは何なの?」
「ふふー私のおすすめはパンケーキだよー」
「へー、じゃあパンケーキ頼もうかな」



話をしながら食べているとふと気になったことを聞いてみた。

「カナミの仕事って暇な時多いの?」
「え、どうして?」
「いや…なんかエルダー・テイル結構平日とかしてる時あるし」
「別にそういうわけじゃないんだけど、雰囲気的にゆるーいのよね」
「へー…」
「でも、雰囲気はゆるくてもみんなしっかり仕事はしてるし切り替えがハッキリしてるかな」
「そうなんだ」
「ん?何か気になることでも?」

気になるというか…僕も今は院生とはいえもうすぐ卒業だしどういう感じなのか知りたかったっていうのかなー、と言うとカナミは。

「んー、学生の内にできることは今やっておいて損はないと思うよ?突発的に冒険しに行くとか」
「…カナミはいつでも自分に忠実だよね」
「え、シロくん何か言った?」
「いや…」

それってカナミがやりたいことだよね…と思いつつ、カナミらしいといえばカナミらしい。付き合わされるこっちとしては控えてほしいとは思うが。

会計する時にまぁ…ここは僕が払うべきだ、シロくん学生だし社会人の私が払うよ…とちょっと言い合いになったが、押し切られて結局全部カナミのおごりということになった。
僕はもう少し押しに強くなるべきか…。


カフェと出て少し周辺でちょっと買い物したりゲーセン寄ったりとカナミに振り回された。特にゲーセンではカナミがうさぎのストラップかわいい!と言ってUFOキャッチャーで取るまでやっていた。

「んー…もうちょっとなんだけどなー…」
「…もう何回かしたら取れそうだよね」
「そうだよねー。ここまで来たら取りたいもん」

カナミはその後3回やって引っかかって3つ取れてしまった。なんとも運がいいことだ。

「うーん、同じの2つ持ってても仕方ないし…1個シロくんにあげる!」
「え…ん?」
「な~に?いらないって?」
「いや、有難く頂ます…」
「いえいえー」

カナミはほしかったストラップが取れてご機嫌だ。いや確かにうさぎはかわいいが。

そうやっているといつの間にか17時ぐらいになっていた。そんなに遊んでいたのか…。
そろそろカナミは帰った方がいいと思い、駅まで送ることにした。僕はバスで移動できる範囲だったから今回電車は乗っていないのだ。


「駅までごめんねー」
「いや、どうせ僕も駅からバス乗るつもりだったし」
「んー…シロくん、こっち向いて」
「へ?」

そう言われて僕はカナミを見て、カナミは僕にすっと顔を近づけ―

「今日はデートしてくれてありがとね、恵くん」
「え…」

気づいた時にはもう離れていて彼女は小走りで改札を抜けて電車へ乗り込んでいた。
その時はカナミの行動に意識がいって、カナミが何故「恵くん」と呼んだのか、デートとはどういうことか、という疑問は頭になかった。


***


「私、エルダー・テイルを引退するわ」

海外転勤することになったのよね。
そう彼女が〈放蕩者の茶会〉メンバーに宣言した時、僕は悟った。


ああ、あれはカナミなりのお礼とお別れだったのかもしれない、と―