逃げたら負け
「従兄さん、どいてくれません?」
「恵?」
「…はいはい、かまってほしいんですね」
恵はそう言って本を読むのをやめ、従兄に向き合った。
その時―
***
「…ーん」
従兄さん―。
従兄さんの夢なんて久しぶりに見た気がする。ていうか…
「ま、まさか…!」
嫌な予感がした。予想通りなら従兄は…。確かめるのは嫌だがこの際仕方がない。念話で確かめるしかない。
「…」
『………シロエくん?』
「…クラスティさん…」
『こんな朝からどうしました?会議は昼からのはずですが』
「…クラスティさん、あなた分かってて言いませんでしたね…!?」
『…何がですか?』
クスクスと少し笑い声が聞こえそうな声でシロエに聞いた。
「…分かってたのに何で何も言わなかったんですか…従兄さん!」
『…まさか君が気づかないとは思わなかったからね、恵?』
そう、シロエとクラスティはリアルでは従兄弟なのだ。確かにエルダーテイルをやっていることはお互いに知っていた。ただ、どのキャラでやっていたのかはお互いに言っていなかった。シロエとしては、からかわれると思ったのもあったが…。
「…何で気づかなかったんだろ僕…」
『私は大災害の後初めて君に会った時に分かったよ』
「何で教えてくれなかったんですか?」
シロエからしてみたら恥ずかしい限りだ。
『…まさか君があの腹ぐろ眼鏡とは思わなかったからね。しばらく観察しようかと』
「……ええ、従兄さんはそういう人ですよね…」
従兄さんの性格をよく知るからこそである。そもそもクラスティの方が年上で、生まれた時からの付き合いなのだ。思い出すのも恥ずかしい黒歴史すら把握している従兄に勝ち目などない。
「…」
『恵?ちょっと会議前に話さないかい?』
「えー…」
『来ないと君の恥ずかしい話バラまくよ?』
「それ脅迫じゃないですか…!?」
『せっかく時間があるんだ。しっかり、話したい』
クラスティの声は甘い。今この世界と同じように振る舞うのか、それとも…。
『恵、愛してるよ』
「…―!?」
『…そこまでびっくりすることかい?』
「…あ…その…」
『私は、恵との関係をやめるつもりはないよ』
「従兄さん…」
そう、現実世界では恋人同士でもあった。だからといって、男同士で飽きっぽい従兄だからいつかは関係を解消するだろうと思っていた。
『…君は誤解しているね。私は君を手放すつもりはないんだよ』
「…いつかは手放さないといけなくなります…」
『私が結婚するとでも?』
「……普通はそういうものです、従兄さん」
『私に”普通”は通用しないよ』
そう、従兄さんは周りの価値観よりも自分の価値観を優先する方だ。
だが、僕は愛される資格なんて―
『周りが君を愛さなくても、私だけは君を愛すよ』
「………」
『…2時間後、迎えに行く、恵』
「…はい」
そう言って切れた念話。僕は少しの間ただぼうっとしていた。
従兄さんと関係を持ったのは、僕が大学生の時だった。
大学生になってから一人暮らしをしたいと両親に言った。その時予め決めていた候補の中で、従兄が近くにいた方が何かといいだろうと、従兄が住んでいるマンションの近くのアパートに住むことになった。
引っ越して数日は忙しかった。だからどことなく分かっていなかったのかもしれない。
「恵?」
「従兄さん、僕のところに遊びに来ても何もありませんよ?」
「いや…」
「なんですか?」
従兄さんは僕をじっと見て―
小さい声で「なるほどね」とつぶやいたのが聞こえた。
「何がなるほどなんですか?」
「恵、ホームシックだろう」
「…は?」
最初、何を言っているのかさっぱり分からなかった。
別にこの年でホームシックになるのか、と。
「…重症だね。恵、ちょっとこっちに来なさい」
「へ、だから何……」
それから、ずるずると関係は続いていった。どうせすぐ飽きるだろうとそのままにしてたのが悪かったのか…。いつからか従兄さんの態度が甘くなってきたように感じた頃だった、告白されたのは。
今でもあの時の僕はバカだと思っている。あの時拒絶していれば気まずくはなるだろうが以前の関係に戻るだろうに…。どういうことか、僕はその告白を受け入れてしまった。
告白を受け入れてからは以前よりも遊びに来ることが多くなった。もともと従兄さんが僕に構うことは多かったから、周りからはそこまで不思議に思われなかった。せいぜい仲がいいと言われるぐらいだ。
***
クラスティの執務室では―
「………」
『ミロード、起きていますか?』
「…ああ、起きてるよ」
そうクラスティが言うとドアが開き、高山三佐が入ってきた。
入ってクラスティを見て怪訝そうな顔をした。
「…ミロード、朝からご機嫌ですね」
「おや、分かるかい?」
「ええ、嫌というほど」
三佐にはご機嫌になる要素が思い浮かばなかったが、ご機嫌ならば今日は仕事が進むだろうと前向きに考えることにした。
「…ああ、あと1時間半後にシロエくんのところに行ってくるよ」
「シロエ様のところに、ですか?」
「ちょっと話を、ね…」
三佐は巻き込まれないために深く突っ込まなかった。
ただ、犠牲になるシロエに同情した。
***
シロエは困っていた。
クラスティが来る。ただそれだけ。いや、シロエにとってはただそれだけではすまないと思っている。
今までは議長と参謀という関係。それが、恋人同士…。おそらくクラスティは現実世界の時のように振る舞うだろう。そうなったら、シロエはどう接すればいいのか…。
そんなことを考えながら年少組よりちょっと早い朝ご飯を食べていたからか、直継と班長に心配された。
「…シロ、何か悩んでんのか?」
「……え?何が?」
「いや、ちょっといつもよりぼんやり祭りだし?」
「そうですにゃ。シロエち、何かありましたかにゃ?」
「…いや、別にこれといったことは……あ」
「「ん / にゃ?」」
「後でクラスティさん来るから僕の部屋に通してもらっていい?」
「…いいですけどにゃ、シロエち」
「え?」
直継と班長を見ると、どことなく複雑そうな顔をしていた。
そこまで僕ぼんやりしてた…?
「まっ、シロが大丈夫ならいいけど」
「シロエち、何か相談ごとがあれば乗りますからにゃ」
「へ?う、うん…」
***
溜息が止まらない。どうしようと考えていると…。
『…シロエくん?入るよ』
「…ええ」
「……何か疲れてるね、シロエくん」
楽しそうな顔で言われても説得力も何もない。そう思いつつも言わない。
言ったものなら、からかわれることが想像できるからだ。
「…クラスティさん」
「私はこの世界でも君を手放すつもりはないと言ったよね、恵」
「…わかってますよ。どうせ逃げても追いかけてくるでしょう?」
「ふふ、よくわかってるじゃないか」
「…従兄さんに勝てた試しないですからね…」
それこそ、逃げて黒歴史を暴露されそうで怖い。流れに身を任せた方が得策だ。
「そうかい?では、これからもよろしく、恵?」
「どうぞご勝手に、従兄さん?」