麗しの我らが副会長殿の寝ている姿を撮影しちゃおう企画。
そんな下らない生徒の希望が通ったのは、寝顔が見たいシャーリーと
面白い物好きなリヴァルしかいなかったからだ。

ミレイがいないのは残念だがと、ニーナを巻き込んで二人はクラブハウスに忍び込んだ。


マスカラード
-mascarade-


午前三時。さすがに寝ているだろうと思ったのだが、ルルーシュの部屋からは明かりが漏れている。

「ちょっと、ルルーシュ起きてんじゃね? どうするよ」

リヴァルが小声でシャーリーに問えば、そうだねと呟いてからシャーリーが人差し指を立てた。

「じゃあせめて寝間着姿だけでも録らないといけないんじゃない?」

これくらいで引き下がって堪るかという気概の中に、シャーリーの欲が見えた。というか乙女の。

「シャーリーがルルーシュの寝間着姿見たいだけだろ」
「違っ・・・やめてよリヴァル!」

声を大きくしたシャーリーに、リヴァルは本気で焦った。
見付かったら洒落にならない。まぁ最後にはバラすつもりだけども、
こんな初っぱなで躓く訳にはいかない。何故なら、全校生徒がこの作戦の成功を現在進行形で
見守っているからだ。リヴァルとシャーリーが持つ小型カメラの映像がニーナのパソコンに流れ、
そこから体育館の大型モニターに中継されている。生放送なのだ。

「しー!シャーリー静かに!・・・ってか誰かいないか? 恋人とかだったらヤバくね?」

ルルーシュの部屋から話し声が聞こえる。テレビでも独り言でもないだろう。
ならばルルーシュの他に誰かがいる。

「え・・・ナナちゃんじゃないの?」

ナナちゃんだよ、と言い聞かせるように呟いたシャーリーは、恋人の存在を認めたくないらしい。

「ナナリーだったらもっとヤバイだろ。ナナリーの寝間着姿を見たりなんかしたら、ルルーシュ超怒るぜ、絶対」

そう言いつつも部屋のドア近くに張り付くリヴァルとシャーリーは、揃って耳を澄ませた。

「も~いい加減ウザいのよねぇ。なんで諦めてくんないのかなぁ」

中から聞こえてきた声に、二人は顔を見合わせる。見知った声だ。
ミレイ・アッシュフォード。理事長の孫で、生徒会長。
理事長に呼ばれたとかで姿が見えなかったのだが、どうやら戻ってきていたらしい。
でも何故こんな深夜にルルーシュの部屋に?

「仕方ないでしょう。ミレイは貴族だからな。婚約者がいない方がおかしい」

こっちがルルーシュ。どうやらまた会長がお見合いをしたらしい。
毎回相手から断らせるように仕向けているのは知っているのでそれはいいのだが。
でも今会長を呼び捨てにしなかったか? 何か違和感がした。

「ちょっとぉールルちゃん冷たくない? 慰めようとか思わないのっ?」
「悪いとは思ってますよ。ミレイが婚約するのも嫌だけど・・・・・俺はもう君の婚約者じゃないからな、止める権利はない」

婚約者ーっ!?

思わず叫びそうになった口を、リヴァルとシャーリーはお互いに塞いだ。
今なんか、恐ろしいことを聞いた気がする。手のひらを相手の口に押し付けたまま動けない。
今動けたら叫んでしまいそうだ。そんな二人にお構い無く、部屋の中での会話は進む。

「・・・止めてくれていいのに」

拗ねたようなミレイの口調に、リヴァルは泣きたくなった。
何この会長、可愛すぎるんだけど!ルルーシュと二人っきりだといつもこんな声出してんの!?

「俺が止めたら、本気で婚約しないだろう。ルーベンにそこまで迷惑はかけられない」
「お祖父様は喜ぶと思うけど」

そこでピタリと、一旦会話が止まった。暫くして、ルルーシュの不機嫌そうな声が響く。

「ミレイ? ・・・まさか夜中に来て話すのは狙っていたのか?」
「当たり前でしょ。押し倒してくれないかなーって思ってこんなうっすいの着てんのよ?」

いやああああ!

ちょっと会長、どんな格好してんですか!
悩殺するつもりで夜中に部屋を訪ねるなんて、本気以外の何物でもない。
リヴァルとシャーリーは本気で泣きそうだった。相手が悪すぎる。敵うわけない。

「ああん、もう怒んないでよ。ごめんなさい。ちゃんと真面目な話があって来たのよ。クロヴィス総督が美術館をお造りになられてるの知ってる?」
「ああ。相変わらずあの人は政治ほったらかしで、芸術にばかり現を抜かすよな」

ルルーシュの皇族批判に、二人は目を見開く。
ヤバイヤバイヤバイ。この会話、全校生徒が聞いてるのに。副会長を売るような人間は
アッシュフォード学園にいないだろうけど、でももう少しオブラートに包んで!

「その完成記念式典にアッシュフォード学園の代表も呼ばれてるの。ルルちゃん、行かない?」
「行きませんよ」
「でもルルちゃん、近くでクロヴィス殿下のお顔拝見出来るのよ?クロヴィス殿下のこと、好きでしょう?」
「好きですけど。顔ならテレビや雑誌で見れますし、わざわざ危険を冒してまで行きたくないです」

初耳だ。ルルーシュってばクロヴィス総督が好きだったのか。そんなミーハーに見えないのに。
今度クロヴィス総督特集の雑誌でもプレゼントしよう。全校生徒が微笑ましくそう思った。
だが、何やら会話が不穏めいてきたのである。

「・・・クロヴィス殿下だけならお話しても大丈夫じゃない?」
「ダメですよ。あの人、抜けてますからね。バラす気がなくても、すぐにバレちゃいます」
「でもっ」
「すまないミレイ、気を使わせたな。でも本当にいいんだ。俺にはナナリーがいるから」

意味が解らない。どういうこと? 皆が頭を捻る。
この時点で引き返していれば良かったものを、
盗み聞きは良くないという常識が頭から抜け落ちていた。

「差し出がましいことを申しました。すみません・・っ」
「いいや。ミレイや・・アッシュフォード家にはいつも感謝している。俺はもう何も返せないのに・・・匿ってくれてありがとう」
「いいえっ。いいえルルーシュ様!我がアッシュフォード家は、ルルーシュ様とナナリー様に生涯お仕えする所存です」

なんか聞いちゃいけないことを聞いてしまった気がする。
リヴァルが来た道を指せば、シャーリーが無言で頷く。
ようやく二人は退散することにしたのだ。でも少し遅かった。

「成人したら出ていくよ。いつまでも迷惑はかけられない」
「迷惑だなんて思ったことありませんっ!」

泣き出しそうなミレイの声。
これ絶対聞いちゃいけなかったよ、と二人は思った。早く帰らなきゃ、と。
せめてそこでマイクの電源を切れば良かったものを、焦っていた二人はそこまで頭が回らなかった。

「力不足でごめんなさい・・・ルルーシュ殿下」
「殿下ぁっ!?」

だからミレイの爆弾発言と二人の叫び声が、全校生徒が集まっている体育館に放送されるはめになった。あまりにも驚きすぎて力一杯叫んだため、当然それは部屋の中にいた二人にも届く。

「誰っ!」

鋭い声でドアを開けたミレイの目には、口を開けたままのリヴァルとシャーリーが映った。
気付けなかった事実に、ミレイが舌打ちをする。

「・・・・・・聞いていたのか」

ルルーシュは目を見開いて愕然としていた。その様子を見て、ミレイは怒りを募らせる。

「リヴァル、シャーリー。どういうつもりかしら?」

いつものミレイからは有り得ない冷たい声に、リヴァルとシャーリーは勢いよく頭を下げた。

「ごめんなさい!盗み聞きするつもりじゃなくてっ」

盗撮するつもりだったけども。

「でも聞いたんでしょう?」

一刀両断。取りつく島がなかった。ミレイの視線に耐えられなくて、二人は俯く。

「いい、ミレイ。もういいよ」
「ルルーシュ様っ」
「もういいんだ」

全てを諦めたようなルルーシュの表情に、リヴァルは反射的に叫んでいた。

「よく解ってないけど!もう少し俺たちのこと信用しろよな!言わないでほしいなら言わねぇよ!俺たちがベラベラ言いふらすように見えんのかよ!ふざけんな!」

瞬くルルーシュに、シャーリーが止めの一押し。

「言わないよ、私たち」

正直に言えば、すごく驚いたけど。ルルーシュはルルーシュだから。何も変わらない。

「・・・ありがとう」

嬉しそうに笑うルルーシュを見て、二人は思わず顔を見合わせて安堵する。
良かった。信じてくれた。

ルルーシュが皇族だったらしい、ということくらいしか理解してないのだが、言いふらす気などない。詳しく聞く気もない。話したくなったら、ルルーシュから話してくれるだろうから。
良かった!と手を打ち付けて、ミレイが笑う。

「そぉよね!さっすが私が選んだ生徒会メンバーだけあるわ!こうでなくちゃ!でも覚えておいてね」

ミレイがウインクしてから、釘を刺す。

「ルルーシュ様とナナリー様に何かあったら・・・一生許さないわよ」

超怖い。
コクコクと慌てて頷く二人を見て、ミレイはようやく満足げに微笑んだ。
それを見てルルーシュが笑う。いつもの皮肉げな笑みで。

「会長? 脅したらダメですよ」
「もールルちゃんってばお堅いわねぇ」

それを受けて、ミレイもいつもの仮面を被る。これでいいのだ。
ルルーシュの望んだことだから、ミレイは喜んで従う。

「はーい。出た出た。もう良い子はお休みの時間よ」

リヴァルとシャーリーを部屋から追い出して、ミレイも部屋から出る。
そういえばネグリジェ着てたんだったと今更ながらに思う。ちょっと寒い。

「おやすみ、会長」

カーディガンをさりげなく肩に掛けてくれるルルーシュに、愛しさを感じる。
守ってみせるわ。そのためなら何だってする。
最上級の笑顔を浮かべて、ミレイは言葉を返した。

「おやすみなさい、ルルーシュ」



ちなみに。全員一致で、生徒たちは聞かなかったことにした。