きゃっきゃっとはしゃぎながら庭を駆けまわる茶色。
茶色を必死に追いかける息も絶え絶えな黒色。
黒色を守るように3歩後ろをキープする金色。
そこは幸せの楽園だった。
薄汚れた綺麗な場所ではないと知っていたが、その時はただ幸せだった。
あの時までは…。

「かいちょー、かーいちょう!…だめだ、完璧に寝てるねぇこれは」
「ここまで会長が熟睡するのも珍しいですね」
「きっと連日のようにお見合いさせられてた疲れがきたんだろ」
「ちょ、何それルルーシュ!お見合いだなんて初耳なんだけど!」
「言ってないからな。しょうがないから起きるまで寝かせておこう。俺たちはこれらをどうにかするぞ」

机の上に、文字通り山のように積み上げられている書類に生徒会室にいる一同、ルルーシュとリヴァルとカレンは盛大に溜息をついた。
こんな時に限って他の奴らは何をしてるんだ。
と、普段サボってばかりのルルーシュとカレンは思った。
本当は今日も生徒会に出ないで黒の騎士団の方に行こうと思っていたルルーシュは、授業が終わり席を立った瞬間、リヴァルに取り押さえられた。
抵抗を早々に諦めたルルーシュは、道連れだと言わんばかりにカレンを捕まえた。
連鎖反応みたいで面白かった、とその現場を見たクラスメイトは語った。
カレンは、だったら私はシャーリーかニーナの確保を!、と思ったが既に後の祭りである。
シャーリーは「本当にごめん!」と謝り倒して部活に向かい。ニーナは気がついたら教室から消えていた。
きっと科学室にでも行ったのだろう。
スザクは今日来てないから軍。
というより、集まる原因となった張本人が隣でグースカ寝てるのもなぁ。
とも思うが、まぁ会長だし、で片づけてしまったるあたりダメだろう。

「…んぅ………えへへ……」

あ、何か笑ってる。
いい夢でも見てるのかなぁ。
口には出さないが、少し微笑ましい気持ちになりながら、手を動かす。

「………そんなに走ると転んじゃうぞぉ…」
「鬼ごっこでもしてるんっすかね?」
「俺は毎回イベントの時に会長に鬼ごっこさせられてる」
「お疲れ様」

げんなりとした表情をする悪友にリヴァルは労いの言葉をかける。
昔からの知人らしいルルーシュに、ミレイは容赦ない。
こっちからみても可哀想なくらい。
いや、可哀想なのはルルーシュの運動神経の無さか?

「んぅ~……ほらぁ早く行くぞぉ……………早くしないとルルー…の分のケーキ食べちゃうんだからぁ」
「………貴方と鬼ごっこしていたみたいよ?」
「ルルーシュ…。会長と鬼ごっこだなんて羨ましいことを!」
「…会長と鬼ごっこした記憶は無いんだけどな」

記憶になくてもルルーシュはいやな予感がしてならなかった。
何だろう、この胸騒ぎ。

「んっ…………私が守ってあげるから…」
「女の子に守られるってのはどうかと思うけど?ルルーシュくん?」
「……もう夢の内容変わってるんじゃないか」

あぁ、わかった胸騒ぎの理由が!
ミレイが見てる夢ってのが、十中八九アリエス宮での出来事なんだな!
それだったら、鬼ごっこって意味も守るって発言も理解できた。
あの頃はお転婆なナナリーやユーフェミアを追いかけていた記憶しかないからな。
だから鬼ごっこなのだろう。
それに、婚約者だったミレイがルルーシュ殿下の騎士になるんだ!とニコニコしながらついてきてた。
だから守るなんだろう。
理解は出来たが、納得は出来ない!
こんなところで皇族だったということがバラされて堪るか!
不自然にならないように起こそうと立ち上がりかけたその時、ついに恐れていたことがおきた。

「ふふふ……まったくもう…………ルルーシュ殿下ったら…」

立ち上がりかけたルルーシュも、ペンを走らせていたカレンとリヴァルも思わず止まった。
え?さっき会長何ていった?
殿下?あぁ電化か。電化製品?
そんなわけないでしょ。殿下…殿下て何だっけ。
そりゃ、カレンさん。殿下っていうのは…。
ぎぎぎっと音が聞こえそうなぎこちなさでリヴァルとカレンは顔をあげた。
一斉に見詰められたルルーシュは、混乱のあまりフリーズしている。
あ、いつものルルーシュだ。
相変わらず突拍子の無い出来事には弱いなぁ。
人はそれを現実逃避という。
漸く戻ってきたルルーシュは、リヴァルとカレンに気付くと、ニコッと笑った。
つられてリヴァルとカレンもニコッと笑顔で返した。
何だこれ

「あのさ~、ルルーシュ。さっき会長がルルーシュ殿下って」
「聞き間違いだろ?」
「でも確かにルルーシュ殿下って」
「だから聞き間違いだろ?」

2人とも疲れてるんじゃないか?って笑顔で返すルルーシュ。
えっと…、と戸惑う2人に、我ながら何て無茶な言い訳を!とルルーシュはチッと内心舌打ちをした。
どう収集すればいいんだ、これは!

「うんー!っはぁ、良く寝たー!!」

第三者であり当事者の目覚めに3人はバッとミレイに振り返った。

「会長…どういことですか?」
「何が?あー、もしかして1人でグースカ寝ちゃったこと怒ってる?いやーごめんごめん。お見合いやら何やらで駆り出されてたから疲れが溜まってたのかなぁー?でも、うん。君たちなら私が寝てても立派に仕事を成し遂げてくれると信じてたさ。やー、お疲れ様お疲れ様!じゃあ、私はお疲れ様な3人のためにお茶でもいれて…」
「あの、会長。さっきどんな夢見てたんですか?」

このままではずっと喋り続けて、どこかに逃げてしまいそうなミレイを止めたのはカレンだった。
ルルーシュは視線で早くこの教室から出ろ!と合図を送っているが目が合わないのならアイコンタクトの意味は無い。

「うーん、詳しくは思い出せないけど何か懐かしかったのは覚えてるから昔の出来事だったのかなぁ」
「へぇ、会長寝言言ってましたよ」
「え、まじ!?はっずかしいなー!どんなこと言ってた?」

カレンの誘導尋問に引っ掛かってしまったミレイにルルーシュは本格的に顔色を悪くした。
寝起きで頭が回って無く、尚且つハイテンションなのだ。

「そんなに走ると転んじゃうとか」
「早くしないとルルーシュの分のケーキ食べちゃうぞっても言ってましたよ」
「私が守ってあげるとか」
「それに…」
「ルルーシュ殿下…って」

最初はほほうと聞いていたミレイだが、最後の言葉で一気に真面目な表情になった。
ちらっとルルーシュを窺うと苦虫を潰したような顔。
それを見る限りでは本当に言ったんだろう、ルルーシュ殿下と。
ミレイは己の失態に呪いたくなった。
寝言とはいえ何てことを言ったんだ自分は!

「いやぁ、夢の話だからね。ほら、ルルちゃんってば偉そうだからそんなこと思ったんじゃないかな…」

怪訝そうなカレンとリヴァルの表情に誤魔化しはきかないと諦めた。
ルルーシュにアイコンタクトを送り是と返ってきた答えにミレイは腹をくくる。
ふぅ、と深呼吸して話し始める。

「これから話す内容は他言無用でお願いするわ」

そしてミレイは話し始めた。
ルルーシュとナナリーが元皇族だということ。8年前にテロに見せかけて母親を暗殺されたこと。ナナリーはその時に足を撃たれて動かなくなり、目の前で母親が死んで目を閉ざしたこと。父である皇帝に留学生という名の人身御供として開戦前の日本に送られたこと。そこで預けられた枢木家に土蔵に住まわされたこと。ルルーシュたちがいるにも関わらず開戦したこと。死んだと見せかけてルルーシュとナナリーをアッシュフォードが保護したこと。アッシュフォードはもともとルルーシュたちのお母様であるマリアンヌ皇妃の後ろ盾をしていたこと。
知っていることのほとんどをミレイはカレンたちに話した。
話が終わった後、カレンもリヴァルも言葉を発することが出来なかった。
皇族ってのはみんな幸せなのかと思っていた。
だが実際はそんな綺麗なところじゃなくて、現にルルーシュとナナリーは傷ついていて。

「ここはアッシュフォードがルルーシュ様とナナリー様のために作った箱庭。2人が本国に見つからないためのね。だって2人をあんなところに帰せるわけないじゃない!だから作ったのに…。安心して暮らせるようにって。もう怖い事は何もないんだって。なのに…」

言葉を詰まらせたミレイに2人はハッとした。
ここが2人のために作られたというんなら…それは…

「もしかしてスザク…?」
「そう…。リヴァルもカレンも気づいたのにアイツは気づこうとしないで土足で踏み込んできて!挙句の果てには皇族の騎士!?ふざけるのもいい加減にして!!」

ミレイの激しい叱責に2人は思わず怯む。
ここまで怒った会長は見た事がない。
それほどスザクを許せないんだ。
親友と言っておきながら、その親友を危険な目に合わせる。
本当に親友なら気づくべきなのに。
気付かないといけないのに。
なのに選んだのはルルーシュたちじゃなくお飾りのお姫様。
何て酷い裏切りなんだ。

「お前たちに隠していたことは悪いと思っている。言いたい事も不満もあると思うがこれだけは覚えていてほしい。俺はただナナリーが幸せに暮らせればそれでいいんだ。だからどんなに俺を罵っても構わない。だがナナリーにだけは」
「水臭いじゃないかルルーシュ!」
「へ?」

途中に割り込んできたリヴァルにルルーシュは思わず抜けた声を出す。
あっ今の可愛い、とカレンは思った。

「悪友の俺にくらい話してくれればよかったのにさ~」
「リヴァル…」
「辛いなら辛いって言えばいいのに。そしたらスザクを引き離してあげたのに」
「カレン…」

思ってもみなかった言葉にルルーシュは呆然とするが、次の瞬間には嬉しそうにふわっとした笑みを浮かべた。
その笑みにノックアウトされたリヴァルとカレンはルルーシュに詰め寄りそれぞれ手を握った。

「これからはスザクから守ってやるからな!」
「スザクに何かされたら言ってね!私がぶっ飛ばしてあげるから!」
「え、あ、ありがとぅ?」

カレン、猫剥がれてるぞと思うもその厚意は嬉しいので素直に礼をいう。
落ちたな…とミレイは生暖かい目で3人を見る。
3人の提案でシャーリーとニーナにも事情を説明するのはもう少し後の話。
生徒会メンバーで結託してスザクがルルーシュに近づかないようにするのももう少し後の話。