なんちゃってヒール事件


「いや〜お酒はおいしいね〜」
「もう、ナズナ酔ってるでしょう」
「あーソウジは飲めないもんな」
「ナズナ、ソウジロウにあまりからんでやるなよ」

今日は天秤祭の打ち上げということで円卓会議メンバーと副官たちが集まって酒盛りをしていた。各自楽しくしていた時のことだった。

「シロエは酒弱いもんね〜」
「…別にいいだろ」
「シロは飲まない方がいいと思うぞ」

「ほう、シロエくんあまり飲んでないと思ったらそうなんですか」
「見た目的に確かに弱そうだな」
「…アイザックさん?」
「いや、なんでもねぇよ」

確かにお酒類はあまり飲まないシロエではあるが。もし酔って恥をかいたら嫌だということもあって飲んでも1杯である。

「しっかし、とりあえず無事に終わってよかったぜ」
「いろいろ、ありましたがね」
「シロエ殿忙しそうでしたけど大丈夫ですか?」
「あー僕の方は大丈夫ですよ」

シロエとカラシンはお互いお疲れ様と言い合いながら、いろいろ話をしていた。ミノリちゃんが手伝ってくれてありがたかったやら、アキバへの攻撃に関しても少し言い合っていた時に、クラスティが突然言い出した。

「今回シロエくんは裏でこそこそやっていたようですが、今度は円卓会議で戦闘でもしたいですね」
「ミロード…」
「腹ぐろの全力管制戦闘ちゃんと見てーしな」
「さすがに無理じゃなかろうか…」
「しかしいつかやってみるのもいいかもしれませんね」
「でも、一回やってみたいですよねー。久しぶりにシロ先輩とやりたいです」
「確かにシロエとは久しぶりにやりたいね〜」
「ナズナ、思ったより酔ってる祭り?」

みんな口々にそう言う中、シロエは少し複雑そうな顔であった。確かに最初に比べればメンバー間の仲はいいが、全力管制戦闘も誰とでもできるわけではない。

「う〜ん…さすがに今すぐにってのは無理ですけど…」
「シロエさん、すみません…ミロードが」
「あ、いえいえ…別にいやってわけではないんですよ」
「あー…全力出すにはメンバーのこと知る必要があるもんな〜。シロにいろいろ聞かれたし」
「確かにそうですよね。僕も茶会に入った時にシロ先輩に技の好みとか傾向聞かれました」
「なるほど…」

シロエが全力を出すには、メンバーの戦闘のやり方や技・術の好みといった細々としたことを知ることが必要なのだ。その人の性格なども含め、総合的に考えて最適な戦術を立てる。即席で組んだパーティでも全力管制戦闘とまでは無理でもできるのだが、やはりよく知った相手と比べると指示の出し方なども変わり、質としては落ちてしまう。

「まぁだからすぐに全力は無理なんですけど」
「今ガンガン聞いたらいいんじゃないのー?」
「ナズナさん、すっかりできあがってますね」
「いや、ナズナ…連携するのって結構大変なんだよ?体制も崩れるし」
「大丈夫だって!多少連携が崩れていようが、あの『なんちゃってヒール事件』よりましでしょ〜」

酔っているナズナが陽気にそんなことを言った瞬間、シロエたち元茶会メンバーは無表情だったり目をそらしたりと異様な雰囲気になった。これには周りにいたクラスティたち円卓メンバーも驚いた様子だ。そしてシロエたちは口々にこう言うのだった。

「ナズナ、笑えない」
「笑えない祭り」
「笑えないですよ、ナズナ…」

「ごめん、あたしも自分で言っておいて笑えないわ」

自分で言ったことが笑えないことに気づいたナズナは少し酔いが醒めたようだ。
4人はその『なんちゃってヒール事件』を思い出してか、異様な雰囲気のまま溜息をついた。

「シロ坊たち…一体何があったん?」
「普通ならこんな風になりませんわよね…?」
「…確かに気になりますね」
「シロエ殿まであんな風になるのはよっぽどだと思うが…」

茶会のメンバーがこういう雰囲気になるほどその『なんちゃってヒール事件』とやらは何かしらあった出来事なのだろう。

<放蕩者の茶会>は今でこそ伝説的な集団だと言われているが、当時は普通では考えられないような方法で大規模戦闘をクリアするということをやってのけていた。そのおかげで、やっかみや嫉妬による妨害も多かったが。
そのようなこともあり、奇妙で奇抜な戦略・戦術も注目されていた。特にその気まぐれ&天真爛漫で周りを振り回す<七陸走破《ツーリスト・オブ・セブンコンチネント》>ことカナミは有名である。

「いつだったか、バグで全キャラにヒールが追加されていた時あったでしょう?」
「ああ…確か数時間で修正されたバグでしたよね」
「確か、3時間ほどで修正されたと聞いていますが…」
「あー…そういやそんなのあったな」
「え、そんなんあったん?」

運営側のミスで設定がどこかしら間違っていたらしく、全キャラにヒールが追加されるという3時間程のバグだった。数時間で修正されたからかあまり公に騒ぎにはならなかったため忘れられていることも多く、知らない人は知らない。運営はそのバグであるヒールを使っての行動などは修正しなかったが、バグはしっかり修正したと聞いている。

「あの時はがむしゃらだったけど、今だったら僕投げ出すよ」
「シロ先輩かなりがんばってくれましたもんね…」
「あれはもう二度とやりたくない」
「ほう…それで、何があったんです?」
「え、クラスティさん知りたいんですか?」
「ミロード、知って何をなさるおつもりですか」

シロエは聞きたがっているクラスティに少し驚き、三佐は咎めるように言った。
クラスティとしては、全力管制戦闘で有名なあのシロエがそれを投げ出したいほどだったとまで言わせた『なんちゃってヒール事件』がどのようなものだったのか知りたいらしい。アイザックたちも茶会の秘話に興味津々の様子だ。

「…あれはひどい祭り」
「ひどいどころではなかったですよ、カナミ先輩は」
「カナミはもうね…」
「茶会の黒歴史といえば黒歴史なんですけどね…」
「茶会に黒歴史とかあったのか?」
「余計に聞きたいですね」

茶会の黒歴史とか何それ聞きたい的な戦闘ギルドのギルマス2人に押され、シロエたちは語る。

「カナミが言い出したんですよ。このバグを使えばダンジョン攻略の最速タイム出せるんじゃないかと。さすがにバグだしやめておいた方がいいと僕たちは止めたんです。」
「カナミはそれでも無茶言って結局俺たち付き合わされた祭り…」
「そこからは僕たち前衛メンバーもヒールを使いつつ戦闘してダンジョンボスのところにたどり着いたんです」
「ヒールのおかげでHPがやばくなるようなこともなかったからね〜…」

ここまでは想像できるが、そこまでひどくなさそうではあるが…。

「あー…バグ修正されたのがちょうどダンジョンボスの戦闘中で…」
「あの瞬間は僕も焦りました…」
「あれはタイミング悪すぎたからね〜…」
「一番前にいた俺たちが被害にあった祭り…」

当時の茶会は攻略ランキングも上位に食い込んでいた。そのメンバーがここまで言うほど悲惨な攻略だったらしい。バグであるヒールを使いながらの最速攻略だ。結構な無理をしたことが窺える。

「ヒールを使っていたので修正されて体制が崩れてしまったんですよ」
「ああ…なるほど」
「ん?何で腹ぐろがあそこまで言うほどなんだ?」
「そりゃあ…」

シロエは茶会の参謀だった。攻略の手順や戦闘の指示を出すのは基本シロエになる。崩れた体制を立て直すのは当然、戦略を立てるシロエの役目でもある。
だが各自ヒールを使っての最速攻略なんてカナミが無茶を言い出したせいで、当日進める予定だった攻略手順は使えない。当然、その場で考え体制を立て直すしかないのだ。

「…さすがに私もそれは無理で投げ出しますね」
「でしょう?…ほんと、パソコンの前で泣きそうでした…」
「…いろいろすげーな」
「後にも先にもあれっきりですよ…」
「シロは終わった後意識飛んでたもんな…」

もう体制が崩れて全滅寸前までいったのだ。それを立て直すのに必死で正直指示した内容なんてあんまり覚えていないらしい。

「あれ、でも一回戻ったらよかったんちゃうん?」
「…普通は1回戻りますよね、普通は」
「カナミはそんな普通じゃなかった祭り」
「………そういやあの時シロエ撤退するって言おうとしたよね〜」
「は?なら撤退しなかったのかよ」
「それが…」

カナミ曰く「えー!?何で撤退?シロくんなら大丈夫だよ、私のバスガイドでしょ!なんとかなるよ!ほら、がんばろ!」らしい。実にひどい人だ。

「まぁ結局最速記録出していたD.D.Dに及ばず、最速記録は出せませんでしたがね…」
「いや、そんな中攻略した君たちは尊敬するよ…」
「やべーな、茶会…」

そこまでしたシロエたちはすごいなという眼差しと、巻き込まれて大変だったんだなという同情の眼差しなど様々な周りの視線が向けられていた。