「そういえばさー」
生徒会のみんなで、だらだらしていると、リヴァルが話題をふってきた。
今日はナナリーが定期健診で、スザクが軍務で不在だ。珍しくカレンは来ている。
「最近、コーネリア総督が学校訪問してるらしいぜ」
「総督が!?」
「……都市伝説か?」
つい最近クロヴィスと総督を交代した皇女のジャンルとは思えない。
「トウキョウ租界で流行ってる噂みたい」
パソコンをしていたニーナが、ネットの都市伝説ページを開いて補足する。
面白がるリヴァルたちをよそに、ルルーシュとミレイはまさかと不安を覚える。
「でも、総督がそんなことしてたら、もっとニュースになるんじゃないかしら」
カレンがもっともらしいことを言うが、
ルルーシュはあの人ならそれくらいの情報規制は強引でもやってみせるだろうと思う。
だがやはり妙だ。学校訪問なんて、そんなことをするのは、ユーフェミアの方だろう。
「ここにも来ないかなー」
「なんだリヴァル、総督様にお会いしたいのか?」
ルルーシュが問えば、リヴァルはユーフェミア様には会ってみたいなあと言う。ニーナもこくり、と頷いている。
しかしなんだろうこの嫌な予感は。
一応、確認をとっておこうとルルーシュはミレイを見やる。
「……会長、まさかうちには来ませんよね?」
「え、ええ。おじい様からはそんな話聞いてない――」
言いさした直後、部屋の入り口が開く音がした。
心臓が跳ねた。
ああ、当たってほしくないことに限って当たる。
「コーネリア……そうとく」
七年ぶりに会った姉を、思わず呼び捨てにしそうになって、敬称を付け足す。
イレギュラーに弱いルルーシュの思考は止まってしまっていた。
「生きていたんだな。ルルーシュ。我が弟よ」
呆然としているルルーシュの顔を見つめ、コーネリアは優しく告げる。
そっと、ルルーシュの頬に手をそえて、愛しそうに目を細める。
「良かった」
コーネリアは軽装で、護衛にギルフォードを連れている。
他に兵士の姿は見られず、公式な訪問でないことは明らかだった。
ルルーシュがコーネリアの『我が弟』……とんでもない事実を前に、リヴァルたちはそれぞれ騒ぐ。
「……はっ!?」
「弟……?」
「皇女殿下の弟さんってことは……」
「……ルルーシュくんが……皇族……?」
青ざめる者、ただ驚く者、複雑な気持ちになる者――ミレイだけが、どうなるのかと
はらはらした気持ちで姉弟のやりとりを見守る。
「見違えるほど美しくなったな、ルルーシュ」
「……姉上こそ」
「ナナリーもいるんだな?」
「ええ。足と目は、治っていませんが、元気ですよ」
「私が全力で保護するといっても、戻ってくる気はないか」
「……申し訳ありませんが」
「そうか……」
なら仕方ないな、とコーネリアは眉を寄せ、しばし考えるように黙り込む。
ルルーシュはあきらめてくれるだろうかという不安と、彼女にこちらを利用する気はないのだという安心感で、
コーネリアはあの突拍子もないユーフェミアの実姉だという事実を忘却していた。
シャーリーたちの視線はルルーシュとコーネリアを行ったり来たりしている。
そして、コーネリアは唐突に、よし、とルルーシュの手をぎゅっとにぎった。
「逃げるぞ、ルルーシュ」
「……は?」
聞き間違いだろうか、と一縷の望みを託す。
が。コーネリアはにっこりと笑った。
「逃避行だ」
「…………姉上、なにを……」
「総督はユーフェミアに譲ろう。大丈夫だ、ダールトンを置いていく。ああナナリーももちろん一緒だな」
いや、全然大丈夫じゃないと思います。っていうかダールトンかわいそうです。
とは言えず、ルルーシュは呆然と、うきうきした顔でどんな家がいいだろうかとか独り言を言い始める姉を見つめる。
すでにコーネリアの中では、逃避行は決定事項となっているらしい。
このままでは確実にコーネリアは自分を連れて逃げる。
失礼だが、天然お姫様なユーフェミアがこの荒れたエリア11をまとめられるわけがない。
もちろんコーネリアとの逃亡生活は魅力的でありすべてを投げ出す価値はあると思うのだが、
逃げ切れたところでユーフェミアの統治というものが心配で夜も眠れなくなる気がする。
そもそもユーフェミアはまちがいなく自分たちを探そうとする。
そうなったらルルーシュの生存は公的にバレるに違いない。となると逃げた意味がなくなる。
「……駆け落ちってこと?」
顔面蒼白なシャーリーが泣きそうな声でつぶやく。
逃亡生活という響きよりも駆け落ちという響きがやけに恥ずかしくて、ルルーシュは思わず赤面した。
「そうだな、駆け落ちだ。ルルーシュ、さあ行くぞ!」
夢見モードから復帰したコーネリアは、現実モードへと復帰し、ルルーシュを連れて外へ出ようとする。
やばい。
「あ、姉上! ナナリーがまだ」
「病院へ迎えに行けばいいだろう?」
「その格好では目立ちすぎます! っていうかギルフォード卿が石化したまま戻っていませんよ!」
度胸のあるリヴァルが、ギルフォードに大丈夫ですかーと声をかけている。
カレンがそれをじとっとした目で見ていたりする。
コーネリアはコーネリアで、少しさみしげにルルーシュに訊いてくる。
「……嫌か?」
「え……」
「私と駆け落ちするのは……」
「いえ、そんなことは。むしろうれしいのですが……」
つい本音が出てしまう。
コーネリアがあまりにも真剣だから、ルルーシュは無性に恥ずかしかった。
みつめていられなくなって、そっと目をそらす。しかしその矢先、ニーナと目が合う。
「……あ。……ええと、あの、黙っていてすまなかった」
「い、いえ、こちらこそ……殿下に失礼なことを……!」
「やめてくれ、リヴァル、俺たちは『悪友』だろう?」
さらりと言って微笑んでみる。一般庶民だと騙していたわけだから、嫌われたかもしれないという不安があった。
だからそれを隠すために、ルルーシュは微笑んだのだ。
「……確かにルルーシュくんって、王子様みたいな雰囲気あったわよね」
「乗馬、似合うしね」
「皇子様ってことは、ブリタニア姓なんだよな? ほんとは」
「第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ」
「ってことはナナリーちゃんも……?」
「……ああ」
ルルーシュは胸をなでおろした。懸念をよそに、リヴァルたちはまったく気にしていないようだったからだ。
「良い友人を持ったな、ルルーシュ」
「ええ。姉上。……私は、今はまだ、ルルーシュはアッシュフォード学園を離れたくありません。それに姉上に地位を捨ててほしくない。ですから、あなたと逃避行することは……できません」
そうか、とコーネリアは惜しみつつも納得した顔になる。
「では、時々会いに来よう。それはダメか?」
「いえ。ぜひ。……今度は、ユフィも一緒に」
にっこりと微笑んで、約束を交わす。
その『今度は』きっと、すぐ近くだと確信しながら。
◇
コーネリアが帰ったあと。
「……ルル、いつか、駆け落ち……するの?」
「は?」
「だ、だって! なんか流されちゃいそうなんだもん!」
「そうだよな、ナナリーがここにいたらコーネリア様の味方しそうだし」
「ルルーシュくんもまんざらじゃないんでしょう? 照れてるだけで」
「カレン、なんだその生暖かい視線は! シャーリーたちもなに『ああそういうことだったのか』って顔してるんだっ」